曽根城(和泉)

曽根城
曽根城(曽根神社)

和泉の曽根神社にあったのが曽根城。

曽根神社の案内版には曽根城を築いたのは玉井源秀とありますが玉井源秀(壱岐守)は千原城主のはずなんで「泉州志」にある玉井駿河守の可能性が高いでしょう。いずれも和泉三十六郷士の一人です。

和泉の玉井氏の本貫は和泉国和泉郡にあった玉井邑のようです。和泉三十六郷士のうち玉井一族は玉井壱岐守、玉井遠江守、玉井駿河守の3名です。皆でまとまって行動することもあり共和国のような感じでした。信長の支配下になった時は、そのまま従い所領は安堵されます。ただ石山本願寺の戦いに駆り出され、第1次木津川口海戦で毛利水軍に大敗した時に郷士のほとんどが討死しました。

曽根城の周りに低い土塁が巡り、これが城跡の痕跡となります。

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