廣徳寺(尼崎)

城下町には大概、寺町があります。

廣徳寺
廣徳寺

京都の寺町通りは秀吉が京都の大改造をした時に80以上の寺院を集めた名残です。寺院は兵が駐屯できる土地と塀があるので寺をずらっと並べると防備するのに最適でした。伊賀上野の寺町通りなど各地にあります。大坂では江戸時代に上町台地に四天王寺にかけて寺町が作られました。

尼崎にも戸田氏鉄が尼崎城築城時に寺院ばかりを集めて作った寺町があり阪神・尼崎駅を電車が出ると南側にずらっと並んだ寺を見ることができます。この寺町にあるのが廣徳寺、もともとは大物にありましたが寺町を作る時に移されました。

廣徳寺が大物にあった時、大物崩れで負けた管領・細川高国は敵対した細川晴元と三好元長にこの寺で自害に追い込まれます。秀吉が中国大返しで山崎に行く途中に立ち寄って休息した寺とも言われています。

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