米原湊

JR米原駅は琵琶湖からかなり離れた位置にありますが、駅にあるのが米原湊の碑。”なんでこんな内陸部に港が”と思いますが昭和初期まで米原駅西側には入江内湖が拡がっていました。昭和19年から昭和25年にかけて干拓が行われ今のような田園地域になりました。

米原湊
米原湊

古代から戦国時代にかけては朝妻湊が使われていました。入江内湖の北側にあり琵琶湖に面しています。船運が現在の高速道路のようなものでしたから北陸方面からの物資は塩津、海津、今津から坂本、大津へと運ばれ尾張や美濃からの荷物は米原にある朝妻湊が使われました。木曽義仲の出陣でも秀吉が京の大仏殿建立のための木材運搬に使われています。

しかし江戸時代に入り彦根藩主となった井伊氏が米原湊を御用港として保護し、湖上交通が制限され朝妻湊は衰退していきます。

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