軽の池

近鉄・橿原神宮駅の近くにあるのが石川池(剣池、軽の池)。「軽の池の浦 うらみ行きみる鴨すらに 玉藻のうへに 独り宿なくに」(軽の池の浦を泳ぎ回る鴨ですらも玉藻の上に独りで寝ることはないだろうに…)という紀皇女(きのひめみこ)の歌が万葉集に掲載されています。池のほとりに孝元天皇陵がありますが、ホンマかどうかは分かりません。

軽の池
軽の池

南北に走る上ツ道が山田道になって東西を走るようになり軽で下ツ道と交差します。交通の要衝ですので飛鳥時代には「軽市」と呼ばれる市場があり、繁華街で出会いの場でもありました。柿本人麻呂も妻を軽市でゲットしたようで、妻が亡くなると軽市の雑踏の中に亡き妻の面影を求める歌を残しています。

軽には懿徳天皇・孝元天皇・応神天皇が宮を置いたと日本書紀に書かれていますが、懿徳天皇・孝元天皇は欠史八代(実在が怪しまれる)なので、ホンマかどうかは分かりません。

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