経済封鎖で勝った長篠の戦い

ツンドクをせっせと整理中。「戦国時代を読み解く新視点」(PHP新書)では最新の歴史研究の内容が掲載されています。

戦国時代を読み解く新視点
戦国時代を読み解く新視点

織田信長・徳川家康連合軍が武田勝頼を破った長篠の戦い。それ以前の高天神城の戦いで家康から援軍を求められた信長は結局、間に合わず落城してしまいます。今度も遅れると家康が離反してしまうので遅れるわけにはいきません。

信長はまた絶対に負けないように武田軍の倍の兵力をかき集めて戦に臨みました。兵力差を見せて武田勝頼はおそらく撤退するものと考えていたようです。

■経済封鎖で勝てた長篠の戦い
長篠の戦いでは鉄砲の活用が有名ですが鉄砲の装備率を見ると武田勝頼と信長との差はほとんどありませんでした。問題は弾で信長、家康軍はタイから輸入した鉛を使っていました。

ところが信長が堺をおさえ鉛や硝石が東国に流通しないよう経済封鎖をしていましたので、武田は弾や火薬に悩んでいました。神社に賽銭の中の悪銭を上納させて弾にしようともしていました。武田領に金山はありましたが鉛山はなく、武田軍は最初に鉄砲を討った後に弾が少なくなるため突撃したようです。

危ない日本史

ツンドクをせっせと処理中。なんと行方不明になっていたKindleを発見しました(笑)!

危ない日本史
危ない日本史

処理した一冊が「危ない日本史」(講談社α新書)です。NHKで「偉人たちの健康診断」という番組をやっていて、戦国大名など偉人達の健康状態や死因などをさぐる面白い番組です。

■上杉謙信の死因
上杉謙信は49歳の時、出陣前に倒れて、そのまま死んでしまいます。後継者を決めていなかったため上杉家の家督をめぐって御館の乱が起きてしまいます。上杉謙信の死因は脳卒中とも糖尿病ともいわれています。馬に乗ったまま酒を飲めるよう馬上杯(3合入る)という遺品が残るぐらい大酒飲みでした。

自らを毘沙門天の化身と信じていましたので、小田原城攻めでは城門前で酒を飲んだ逸話が残っています。大河ドラマ「風林火山」では城兵が鉄砲や弓矢を打つなか、Gacktが独りで座り、酒を煽るシーンがでてきました。

■小早川秀秋はアルコール性肝硬変
お酒といえば関ケ原の戦いで裏切ったといわれる小早川秀秋も子供の時から酒を飲んでいてアルコール性肝硬変だったようです。よく裏切者と言われていますが、当初は豊臣家の御曹司扱いだったのが秀頼が生まれたことで小早川家に養子に出され、しかも慶長の役の後、秀吉によって筑前35万石から越前12万石に国替えされてしまいます。

秀吉が亡くなってから筑前に戻してくれたのが徳川家康でした。秀秋にとって豊臣より家康の方が恩人で、東軍につくのは自明で裏切りと言う話ではなかったようです。

律令時代の働き方改革

2019年4月から働き方改革がスタートしていますが、律令時代もありました。

備中国 国府
備中国 国府

河内の枚岡神社、大和の大神神社など各地に一宮があります。律令時代、国司が任命されると任国内の諸社に参拝する決まりがありました。通説によると国司が一番目に参拝する神社が、その後に一宮となりました。

一宮のあと二宮、三宮と任国内の諸社を回るのは大変で、どっかの国司が始めたのが総社という仕組みです。総社というのは任国内に鎮座している神社の祭神を勧請して、一神社に合祀してしまうことです。つまり一神社に参拝すれば、合祀されている全ての神社を参拝したのと同じで、いわゆるテレワークみたいなものです。諸社を回る時間が丸々いらなくなるので働き方改革になります。って、単に周るのが面倒くさかったからでしょう。

例えば写真の吉備国・国府の近くに総社宮があり、324社の神々をひとつにしています。

江戸時代の現金給付

禁断の江戸史
禁断の江戸史

新型コロナウイルス対策で困窮家庭には1世帯当たり30万円の現金給付を行うと発表されていますが江戸時代にもあったんですね。

ツンドクをせっせと処理をしていて「禁断の江戸史 教科書に載らない江戸の事件簿」(扶桑社新書)に出ていました。

■江戸時代もインフルエンザがあった
江戸時代もインフルエンザが何回か流行し、死者が出るなど社会問題となりました。稲葉風、お駒風、お七風と命名されました。お七風は歌舞伎で八百屋お七が流行った年に命名されました。坂本冬美の「夜桜お七」でも有名ですなあ。

■江戸時代の現金給付
このお七風の時に幕府から現金給付がありました。棒手振(天秤棒で商売する零細商人)、日雇稼業、職人など独身者は一人銭300文、二人暮らし以上は一人250文ずつの支給です。

文などは現在と物価が違うので何ともなんですが磯田道史氏の「江戸の家計簿」によれば、みかん15文、わらじ20文で感覚的に300文は3~5千円ぐらいです。現在の30万円の方がいいなあ。

学べばわかる北前船

Gacco
Gacco

大学・企業が提供する講座を無料で学べるGacco。最近、受講したのが「学べばわかる北前船 一攫千金の夢とロマン、人・モノ・文化の交流史」です。一攫千金というタイトルに惹かれました。(笑)

北前船とは本州各地と蝦夷地(北海道)を往来していた廻船のことで、西廻り航路ができ弁才船と呼ばれる船が行き来していました。各港で商売しながら富を蓄えていきます。「本間様には及びもないが せめてなりたや殿様に」と歌われた酒田の本間家も、幕末にロシアと渡り合った高田屋嘉兵衛も買積と呼ばれる船主自身が商品を取引して財を蓄えていきます。

北陸の船乗りも多いのですが船は大坂にあるので、北陸から陸路で大坂へ出てから出航するなど、面白い話題がけっこう出てきます。講師と女子大生の掛け合いになっていて毎回、最後に北前船クイズと各寄港地を写真で紹介するギャラリーがあるんですが、けっこう面白いです。