世界一不快な発明

昼から四日市商工会議所へ

四日市駅から商工会議所へ行くには諏訪商店街を通っていきます。ここはイオンの創業の地で岡田屋があったところです。「大黒柱に車輪をつけろ」という社訓の会社ですので、昔はジャスコがあったのですが今は空き地です。

四日市駅近くはまあまあ人通りもあるのですが、はずれにある諏訪神社の方へ行くと閑散としています。そんな中に響く歌声。見ると商店街の中でカラオケ大会をやっていました。イスに10名ぐらい座っていましたが、見物客ではなく歌う順番待ちをしているだけのようです。

それにしても商店街でカラオケをやっているのは初めて見ました。イギリスで「最も重要と思いつつ最も不快に感じる発明品」でカラオケが第一位になったようですが、この商店街に響く歌声を聞くとなるほどと思いますね。

カラオケは10人歌いたい人がいれば、その後ろには被害を受ける人が150人はいるということです。

伊勢 河崎めぐり

今日は伊勢の事業者のところへ行っておりましたので、帰りに河崎の町を歩いて帰りました。

伊勢神宮への海からの参拝や物資輸送で使われていたのが勢田川です。この勢田川のほとりにあるのが河崎の町です。

江戸、明治時代には大問屋街でしたが。戦後は水運ではなくトラックなどに移ってしまったので、寂れてしまいました。ただ古い町並みが残り、雰囲気はAllwaysの世界ですね。今は町おこしが行われています。

さて、この街並みにとけこんでいるのが古本屋「ポラン」。河崎に来ると寄るのですが、けっこういい本がありますね。重いのに3冊ほど買ってしまいました。
→ 河崎(伊勢)

黄昏の正倉院展

大学での講義が終わってからスクールバスに乗って山科駅へ、JRで京都駅へ出て、近鉄で奈良駅へ向かいます。近鉄奈良駅で正倉院展のチケットを買って、興福寺の横を通って国立博物館へ。

10分ほど歩くと国立博物館です。博物館前には観光客が多いので、鹿せんべいを狙って鹿が寝そべっています。

荷物を無料ロッカーにほうりこんで、入口に向かうと、さすがに夕方なので待ち時間なしで入場です。もっとも館内はけっこう混んでいましたね。

きれいだったのが「カットグラス」です。すごい複雑なカッティングをしており、これがペルシャから、はるばるシルクロードをたどって奈良の都まで伝わったんですね。

一番、楽しみにしていたのが写経生の休暇願と欠勤届。出口近くにありました。中には病状が悪化して、「「このままでは、命がもちませんので休ませてください」というものもありました。

写経は過酷な仕事でして、こりゃ過労死の一歩手前です。この人はこの後、どうなったんでしょうね。それにしても1300年前の文章がきちんと伝わっているのがすごいですね。時たま出品される光明皇后の堂々とした筆跡の書を楽しみにしているのですが今年はなかったですね。

高き屋にのぼりて見れば

世間では三連休ですが、ずっと仕事をしております。まあ自業自得ともいうのですが。

今日は松屋町でインストラクターの仕事で、朝は近鉄で上本町六丁目で降りて健康のために会場まで30分弱ほど歩いています。いつもは熊野街道を歩いているのですが、今日は趣向を変えて高津を通って会場に向かいました。

上町台地の高台になったところに高津神社があります。ここは仁徳天皇の高津宮のあったところと伝えられています。この高見宮か仁徳天皇が眺めると、かまどの煙が上がっておらず民が困窮していると考え3年間税の徴収を中止しました。

経済効果があったのか、やがてかまどの煙が上がるようになり、詠んだ歌が「高き屋にのぼりて見れば 煙立つ 民のかまどは賑わいにけり」です。境内にはその絵も掲げられていました。
けっこう高台ですので当時は見渡せましたが、今や高層マンションなどに囲まれていますので眺望は全然ダメですね。

七里の渡し(桑名)

11月に経営者研修会(IT経営応援隊)を行うので集客依頼に四日市、桑名の金融機関へ。ついでに桑名の企業さんを3社ほどまわってきました。

1社は九華公園のすぐ近くにあり、久しぶりに城跡に寄ってきました。九華公園は桑名城の本丸跡と二の丸跡に作られた公園で、城は残っていませんが、堀跡などが残っています。

神社の横に天守閣跡がひっそりと残っています。ちょっと登ったのですが草ぼうぼうで出てきたらズボンが「ひっつき虫」だらけに。ベンチに座って、せっせと取っていました。

城跡の近くには「七里の渡し」があります。東海道を名古屋まで進むと熱田神社近くに宮の宿があり、ここから桑名までは七里の船旅でした。桑名に着くと、桑名城の櫓と伊勢国の入口にあたるため、伊勢神宮の「一の鳥居」が出迎えてくれます。

江戸時代はこの鳥居をくぐって、お伊勢参りに出発したんですね。

道路の真ん中にある木と祠(谷町散歩)

今日は「まっちゃまち(松屋町)」でお仕事

上六(上本町六丁目)で近鉄を降りて、上町台地の熊野街道を北上します。谷六(谷町六丁目)で西に折れてしばらく進むと、榎木大明神という祠と木があります。説明をみると楠正成が植えた木だとあります。ここから、熊野街道は北上して八軒屋船着場に向かいます。

さて探してみると、榎木大明神だけでなく道路のど真ん中に大きな木と祠がある場所が他に2ケ所ありました。昔ながらの町なんですね。

「まっちゃまち」の熊野街道

土曜、日曜と大阪でお仕事。

場所が「まっちゃまち」(松屋町筋)なので、谷六(谷町六丁目)で降りて向かっています。いつも広い道から一本入った道を歩いていますが、ところどころに「熊野街道」という道標が立っています。

「熊野街道」は京都から熊野三山へ向かう参詣道だそうで、大坂は天満橋にあった八軒屋船着場から始まっています。

谷町から「まっちゃまち」にかけてはは高低差があるところで、大阪城の南面を防御するために構えた三の丸の外堀があったところです。現在では空堀商店街があります。

一角に榎木大明神という祠と木があります。道路の途中にあって、どう考えても交通の邪魔なんですが、伐採しようとするといろいろとたたりがあるということで現在まで残っています。

近松松門左衛門の墓

土日は大阪で仕事。
って、休みがないんですが(笑)

近鉄上本町駅で降りて、健康のために上町台地を30分ほど歩いていっています。上本町から一筋行くと、谷九(谷町九丁目)で、ここから谷六へ向かう途中に、近松門左衛門の墓がありました。交通量の多い谷町筋沿いにあります。近松門左衛門といえば、『曾根崎心中』が有名なんですが、こんなところにお墓があったんですね。

物部守屋の秘湯、弓削道鏡の隠し湯

マンションから歩いて1分のところに「八尾おゆば」という、いわゆるスーパー銭湯があります。

いつもは土日に行っているのですが、ポイントがたまり、平日の招待券をゲット。というわけで、さっそく行ってきました。平日なので閑散としているかなと思いましたが、まあまあ入っていますね。と言ってもやはりすいています。

露天風呂いゆったりと入っていると上空を伊丹に向かう飛行機が通り過ぎていきます。ジェットバスに入り、毎日、替わるお風呂はハチミツ風呂でした。甘い匂いがプーンと。

お風呂を出たら、やっぱり生ビール!風呂上がりには最適ですねえ。

まだ行ったことがないのですが、八尾グランドホテルにある八尾温泉の看板はすごいですね。「物部守屋の秘湯、弓削道鏡の隠し湯」とあります。ほんまかいなあ。

八尾に飛行機が落ちた!

今日は支援センターの職員と桑名の企業へ行っておりましたが、ラジオのニュースで「八尾で飛行機が落ちた」というニュースが

八尾って、ウチの家があるところだあ!

まあ飛行機の乗員2名が怪我したと報道されていたので、ウチは関係ないだろうと夜、電話すると場所はJR志紀駅の近くということでした。

天王寺から奈良へ向かう大和路線という路線がありますが八尾駅の次が志紀駅です。ウチからけっこう近くで、駅近くに天下一品があるので、時たま行ったりしています。

飛行機が落ちたのはJR志紀駅近くの弓削の交差点です。弓削って昔聞いたことがあると思いますが、日本史で習った、あの道鏡が弓削一族です。

八尾は物部氏の本拠地でしたので、弓削氏も物部一族だったようですね。近くには弓削神社があるのですが、なぜか知りませんが同じ名前の神社がすぐ近くに二つあります。