船形埴輪

船形埴輪

松阪に宝塚古墳群があり、ここで見つかったのが船形埴輪。前方後円墳の造り出し部分(祭が行われた場所)でほぼ完全な形で発掘されました。古墳の石室に描かれた壁画や円筒埴輪の線画で装飾用の船があったことは知られていましたが、立体的な形で確認されたのは日本で初めてです。船には王がいることを示す太刀や蓋、杖がそびえていました。古代にこんな船があったんですね。

中世の伊勢には桑名、白子、安濃津、的潟(まとかた)、大湊の港があり、的潟は櫛田川の支流である「中の川」の河口にあったといわれる港の名前です。的の形に似ているのでマトカタと呼ばれるようになったようですが現在は地形が変わってしまって正確な場所は分かっていません。。万葉集には702年に持統上皇が三河へ行幸する時の出発地として「マトカタの浦」という地名が出てきますので古代から中世には港で栄えていたようです。

ヤマト政権が東方経営の拠点としていたようですので宝塚古墳群に葬られたのはヤマト政権に協力していた地元の王だったのでしょう。

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