親戚の結婚式で鹿児島へ。
新大阪から鹿児島中央へ「さくら」で移動。座席が4席でいいですねえ。せっかく鹿児島まで来たので仙巌園へ。昔は磯庭園って言っていたのですが名前が変わったんですね。島津家の反射炉などがあります。
タクシーでホテルに向かう途中で桜島が噴火。
風向きが逆なので市内に火山灰は流れていませんが、先週は市内に積もり大変だったそうです。粘着性が高いため雨が降っても流れないそうで、鹿児島では月に1回、火山灰をいれるための袋が10袋配られるそうです。
親戚の結婚式で鹿児島へ。
新大阪から鹿児島中央へ「さくら」で移動。座席が4席でいいですねえ。せっかく鹿児島まで来たので仙巌園へ。昔は磯庭園って言っていたのですが名前が変わったんですね。島津家の反射炉などがあります。
タクシーでホテルに向かう途中で桜島が噴火。
風向きが逆なので市内に火山灰は流れていませんが、先週は市内に積もり大変だったそうです。粘着性が高いため雨が降っても流れないそうで、鹿児島では月に1回、火山灰をいれるための袋が10袋配られるそうです。
本日は和歌山商工会議所で「あなたのお店パワーアップ講座」。7月から5回シリースで行なっている講座の最終回で私は最終回のIT講座を担当。夜開催の講座ですが皆さん、熱心でした。
夜の講座でしたので、本日は和歌山に宿泊。知り合いとさっきまで飲んでホテルへ戻ってきました。ダイワロイネットホテル和歌山という和歌山県立医
大の跡地にできたホテルなんだそうで、目の前が和歌山城です。窓からお城が見えるのはいいですねえ。夜はライトアップされ、23時まで点灯していました。
明日は仕事の予定を入れていないので、のんびり東大阪へ帰る予定ですが、どっか観光して帰ります。秀吉が水攻めした太田城は残っていないのと知り
合いに聞くと今は住宅地になってしまって碑しか残っていないということでした。雑賀城は土塁などが残っているはずなので、そっちまで足を伸ばそうかなあ。
大学の帰りに東山三条へ。
社団法人日本ローマ字会の理事会&総会に出席。現在は公益社団法人「国際日本語学会日本ローマ字会」になっています。10年ほど社団法人日本ローマ字会の理事を担当していましたが公益社団法人化に伴い本部が京都から東京へ移動することとなり、ようやく理事をお役御免になりました。
日本ローマ字会の歴史は古く、設立は明治18年。写真は田中館愛
戦時中は特高にマークされ、戦後はヘボン式ローマ字ではなかったのでGHQから国粋主義者と見られたなど、いろいろと秘話があります。過去の参加メンバーを見ると寺田寅彦やら各大学の学長、学者、著名人など綺羅星のごとく名前が並んでいます。日本ローマ字会の最後の会長が梅棹忠夫先生でした。
午後から岡山で仕事。
せっかくなので朝から新幹線に乗って岡山へ。駅前から市電に乗って岡山城と後楽園を見てきました。市電、安くていいですね。岡山城近くの「したしろ」まで運賃は100円でした。しかもPitapaが使えます。
岡山城は宇喜多家のお城でしたが、秀家が関ヶ原の戦いで負けてしまったので小早川秀秋が後に入ります。城内には宇喜多家時代の石垣が今も地下に残っており2ケ所で見れるようになっています。
午後は駅前から両備バスに20分ほど乗ると180円でした。バスもPitapaが使えます。大阪や京都の初乗り200円に比べると安いですなあ!ちょうどお昼に駅前でバスに待っていたら正午に桃太郎の音楽が流れました。さすが岡山。
「京都の和菓子☆ドットコム」という京菓子を紹介しているサイトがあります。写真がすごくって見ているだけで甘そ~う。このサイトを運営されてている萩谷尚子(はぎたになおこ)さんは漫画家でもあるのですが私の似顔絵を書いて送ってくれました。
これがなかなかの作品で、一番のお気に入りは政治家バージョン。「あなたのITに革命を!」というスローガンはよく分かりませんが、なんかすごそう。(笑)
萩谷さんは青空文庫漫画コンテスト参加作品でトルストイの名作「イワンの馬鹿」をモチーフに大阪風にアレンジした「イワンのパパ」を書かれています。笑えるのですが、いろいろと考えさせられる内容になっています。
公益法人制度改革が行われています。日本には2万5千ほど社団法人と財団法人がありますが、公益性の薄れたものや営利法人と変わらない活動をしているところもあり、そこでガラガラポンして見直しが行われています。
各団体は公益認定を受けて公益社団法人、公益財団法人になるか一般社団法人、一般財団法人になるか決めていかなけばなりません。中小企業診断士の会である社団法人中小企業診断協会でもけっこうもめています。
長年、理事をしている社団法人日本ローマ字会が無事に公益社団法人となりました。新しい法人名は国際日本語学会日本ローマ字会。
日本ローマ字会は古い歴史をもっていて明治18年の羅馬字会が元になります。130年も前に始まった会で社団法人化したのが大正15年。昔は石川啄木がローマ字日記を書いていたようにローマ字が脚光をあびていました。
明治、大正、昭和と活動を続けてきました。第二次世界大戦が終わった頃はGHQに目をつけられて大変だった時期もありました。1993年からは梅棹忠夫先
生が会長に。情報化と日本語の国際語の必要性からローマ字運動に燃えておられました。公益法人化に伴い、事務局が京都から東京へ映ることもあり理事もよう
やく退任に。
我が家では冬中、コンロの一つを鍋が占領しています。中に入っているのは「おでん」。
もともとは子供のお弁当の一品が助かるということで始まったですが、今では寒くなる12月ぐらいになると「おでん」作りが始まります。大根や定番品を奥さんに作ってもらえるのは1週間に1回。あとはスーパーへ行って、せっせとおでん種を買い込んで鍋にいれています。
1週間ぐらい大根を煮こむと、とってもおいしいですね。老舗の鰻屋ではありませんが、鍋には材料を継ぎ足し、継ぎ足しで冬中、ずっとコンロを占領しています。煮込んだがんもがまたいけます。
さて冬中、コンロを占領していた「おでん」ですが、暖かくなったので「おでん」は終わりという奥さんの宣言があり、現在は在庫整理中。「おでん」も桜の到来と共に終了です。
さて不満なのが年末年始と3月になるとスーパーのおでん種が棚からなくなること。そら買う人は少なくなるのでしょうが、ちゃんと買いたいお客さんはいるので定番商品として、ずっと置いておいてほしいなあ。
朝、山手線がまだ止まっているようでしたの新宿のホテルから東京駅を目指して歩き始めました。電車よりも昨日の居酒屋で食べて飲んでいましたのでメタボ対策が理由です。途中、地震で崩れた墓地などもありました。
市ヶ谷を目指して歩くと防衛庁の上ではヘリが飛び立っていました。皇居は閉鎖。美術館、博物館も臨時休館になっています。神保町の古本屋街へ行く
と1/4ほどが臨時休業。地震で棚の古本などが落ちたようで整理するために休みますと張り紙がしてありました。書泉グランデなどは開いていましたが1階、
地下のみの営業になっていました。
さて東京駅へ着くと在来線は動いていますが、3割~5割の運行。新幹線の切符売り場がけっこうたくさんあるんですが、どこも長蛇の列。昨日、JRなどが止まって帰れなかった関西や東海地域の人が買い求めるために並んでいるようです。
東北、上越、長野新幹線乗り場前にはたくさんの人が座り込んで運転再開を待っていました。「14時ぐらいに上越、長野新幹線は運転再開見込みでし
たが16時頃になります」とアナウンスが流れていました。しまったコンコース内にもけっこう人がいましたので昨日からずっと再開を待っているんでしょうね
え。
満員の新幹線で大阪へ戻ってきました。
昔から名刺管理にローロデックスを愛用しているのですが、次々と名刺を追加して重たくなったせいか、重量に耐えられず壊れてしまいました。実は壊れたのはこれで2回目。
便利なのでさっそくネットで発注。今日届きましたので、また名刺をセットしなければ。600枚入りを使っているのですが、たぶん800枚ぐらいいれているのが駄目なんでしょうね。もう少し名刺を整理しないといけないなあ。スキャナーで取り込んでパソコン管理してもいいのですが、すぐ回して探せる利便性にはかないません。
本体は壊れましたがカード自体はあるので、本体だけ買いたいのですが、やはりカードとセット売りしかなさそうです。結局、注文してまたカードがたまってしまった。これをそのまま使うのが駄目なんでしょうね。やっぱり整理しよっと!
伊勢にある皇学館大で方言に関するアンケート調査をしたという報道が毎日新聞に掲載されていました。
「車が混む」ことを「車がつむ」と言うのは三重の方言とは学生時代に言葉が通じなかったので知っていましたが、他にもいろいろあるんですね。「机を運ぶ」ことを「机をつる」と言いますが、これも方言だったんですね。「机、つって!」と普通に言いますがね。
甘酒などで底に残ることを「とごる」と言いますが、これも方言でした。「せんど、言うてもきかん子やなあ」とよく、おばあちゃんなどが子供に言っていましたが、この「せんど(何度も)」も方言。
驚いたのが「カエルのカンピンタン」。カエルが干からびて死んでいることを言いますが、これって三重だけの方言だったんですね。へ~え。
ただ三重といっても地域によって微妙に異なっていて、私も聞いたことがない言葉があります。以前にケンミンショーで「愛知では天ぷらを翌日の味噌汁に入れる」とやっていますが、ウチの実家でもいまだにやっています。