昔の列車には冷房なんてなかった

大阪から行くと東京よりも遠い員弁へ前回に引き続いての訪問です。藤原岳の麓で一応は三重県内なんですが岐阜との県境近くなので岐阜ナンバーの車がふつうに走っています。

今回も3両編成の軽便鉄道である北勢線に乗っていきましたが、3両とも冷房車じゃない!窓はすべて開放されていて、うだるような車内を扇風機がねっとり、かき回しています。電車が走ると少しは風が入ってきますが、生暖かい風ですね。考えてみたら昔、国鉄の車両なんかは冷房もなく扇風機だけでした。あの頃はそれが当たり前でしたので、考えてみたら贅沢になったものです。大学時代に市役所でバイトしてましたが、市役所にも冷房がなく扇風機がまわっているだけでした。

さて研修は無事に17時に終わり、車で近くの駅に送ってもらってから大阪へ向かっていますが、最寄り駅に着くのは21時半頃になりそうです。やっぱり東京より遠いですね。

西大寺駅の展望デッキ

西大寺駅
西大寺駅

ウチの奥さんの実家が西ノ京なんで、帰りに近鉄・西大寺駅のタイムズプレイス(いわゆるエキナカ)へ寄ってきました。 

お目当てはオシャレな立ち飲み処「蔵元 豊祝」ですが、まだ開いていなかった!!調べたら14時開店でした。しかたないので隣の和雑貨カフェ「幡・INOUE」でキーマカレーを食べて、すぐ隣の展望デッキへ。 

西大寺駅は近鉄奈良線・橿原線・京都線が入り乱れ平面交差の山。駅構内だけで切り替えポイント(分岐器)が28器もあります。展望デッキから見ると、いろいろな電車の動きが楽しめます。 

令和時代にも現役の軽便鉄道

三岐鉄道北勢線
三岐鉄道北勢線

令和の時代になっても現役で走っている軽便鉄道に乗ってはるか北へ。終点の阿下喜駅からは迎えに来てもらった車でさらに北を目指します。住所は一応、三重県なんですがどう考えても関ケ原からの方が近いですね。関ケ原の戦いで敵中突破した島津軍が逃げた道になります。大阪から行きましたが東京へ行くよりも時間がかかります。遠かった。

要件は工業団地にある企業さんでの研修なんです。が、この辺りは近江や美濃への街道が通っていて山城だらけ。研修が冬なら絶対に山城に登ったんですが残念です。

久しぶりに三岐鉄道・北勢線に乗りましたが、田園地帯を軽便鉄道が走る姿はいいですねえ。最近、鉄道むすめ「楚原れんげ」というキャラクターの売り出しを始めたそうで列車にペイントされていました。楚原駅と蓮花寺駅から名づけたそうです。

紀勢本線 全線開通60周年

快速みえ
快速みえ

紀伊半島をぐるっと走っているのが紀勢本線。本線と言いながら単線です。紀勢本線は三重県の亀山駅から和歌山市駅までを結んでいます。紀勢本線で最後まで残っていたのが尾鷲と熊野の間にあった三木里~新鹿(あたしか)間。 

紀勢本線に乗って尾鷲駅を出ると列車は熊野灘沿いの断崖をひたすら進んでいきます。水平線と岩にぶつかる水しぶきが見えて、なかなかの景勝地なんですが、ここに鉄道を通すのは大変だったことが分かります。この間がつながったのが60年前で、それまでは尾鷲から熊野へ行くのに、いくつもの峠を車で越えて2時間ちかくかかっていました。 

写真は伊勢市駅で車両連結中の快速みえで鳥羽ー名古屋を結んでいます。(鳥羽ー津までは紀勢本線を通り、津からは伊勢鉄道線、関西本線を経由します) 

東急・世田谷線

世田谷線
世田谷線

世田谷城を目指すには、京王線の下高井戸駅で東急・世田谷線に乗り換えないといけません。世田谷線のホームへ行ったら2両編成の電車がとまっていました。

路線内は均一料金になっていて電車の入口で料金を支払い、出口で降りるスタイルでチンチン電車の高級版といったイメージです。見た目は普通のローカル線のようでもあり、始めてだと、ちょっと乗り方に戸惑います。2両編成なんですが、けっこう乗客は多いですね。世田谷線は昔、渋谷から出ていた玉電の支線でしたが、三軒茶屋ー下高井戸の間の支線だけ残って現在の形になったそうです。

近鉄・田原本線

田原本線
田原本線

近鉄なのに他の路線とつながっていないのが田原本戦(新王寺~西田原本を結ぶ単線)。新王寺駅は生駒線・王寺駅のすぐ近くにありますがつながっておらず間をJR王寺駅がはさまっています。西田原本駅も橿原線田原本駅のすぐ近くですが駅はつながっていません。ただし橿原線との間に渡り線だけあります。 

西部多摩川線(武蔵境~是政間)のような存在で、多摩川線がもともと多摩鉄道だったように田原本線ももともとは大和鉄道で、後に近鉄に買収されました。新王寺駅と西田原本駅以外はすべて無人駅になっています。写真は途中にある箸尾駅で列車の行き違いができます。近くには箸尾氏の箸尾城があり西に行くと馬見丘陵公園があり、馬見古墳群が拡がり一説には葛城氏の古墳群ではないかと言われています。

水間鉄道

水間鉄道
水間鉄道

南海・貝塚駅と水間観音駅との間の5.5kmを結んでいるのが水間鉄道。単線で途中の名越駅で行き違いをします。 二両編成のワンマン列車で貝塚駅と水間鉄道駅以外では後ろの車両の扉は開きません。

水間鉄道沿いには根来衆の出城が並び、まず石材駅近くにあったのが積善寺城。行き違いをする名越駅のすぐ横にあるのが高井城で少し歩くと千石堀城があります。ここは秀吉の紀州攻めで有名なのが千石堀城の戦いが行われたところです。終点の水間観音駅まで乗ると根福寺城へ行けます。城好きには便利な路線ですねえ。

岡山市電

岡山市電
岡山市電

岡山駅からお城へ行くのに便利なのが岡山市電。運営しているのは岡山電気軌道です。東山行きの市電に乗って城下へ降りればOK。しかも100円とえらく安い料金設定になっています。 

和歌山電鐵が岡山電気軌道の子会社になったので「たま電車(市電版)」が走っているはずなんですが、見かけませんでした。街に市電が走っている姿はいいですねえ。私が大学在学中に京都市電が廃止されてしまいました。 

岡山市電ではピタパが使えるのがいいですねえ。ピタパは他の交通系ICカードと同様にチャージできますが関西人はそんなことはせずチャージゼロで後払いです。なんせ使った額によって割引が受けられるので使わなあ損です。ようやくJR西日本のイコカエリアでも後払いでピタパが使えるようになりました。 

ピタパは近鉄名古屋駅まではOKですので、次はJR東海が対応してくれないかなあ。まずJR四日市駅から南(津や伊勢も含まれます)ではトイカそのものが使えないので、そこから始めないといけませんが。

四日市あすなろう鉄道

四日市あすなろう鉄道
四日市あすなろう鉄道

昔、日本全国でナローゲージ(いわゆる軽便鉄道)が走っていましたが、営業運転している路線はわずか2つだけになりました。2つとも三重県内にあります。 

その一つが近鉄四日市駅から出ているのが四日市あすなろう鉄道の内部線と八王子線。途中の泊駅で分岐します。ゲージ幅が狭く必然的に車両幅が狭くなるのでロングシートにすると座った乗客の足の間を抜けていくのが大変です。そこで列車の進行方向を向いた固定座席になっています。もともとは近鉄が運営していましたが赤字路線なので公有民営方式に移行しました。三重県は車社会ですからねえ。 

そういえばこないだ日経新聞に高齢者の免許返納について面白い意見が載っていました。「車に乗れなくなったら公共交通機関を使う」と高齢者がよく言っているが絶対に無理という記事で、車に乗るよりも体力がいる公共交通機関に、ふだんから乗っていなければ車に乗れなくなった時点で無理という至極まっとうな意見です。歩いて10分のスーパーに車で買物に行く田舎の生活スタイルから変えていかないと無理なんでしょうね。

西日野へは軽便鉄道で

四日市あすなろう鉄道

西日野に向かうには近鉄四日市から出る四日市あすなろう鉄道八王子線が便利です。 

なんせ日本で2路線しか走っていない軽便鉄道(ナローゲージ)の一つで、全国的に鉄ちゃんには滅茶苦茶有名な路線です。もう1路線は西桑名駅から出ている三岐鉄道北勢線で三重県内には日本最後の軽便鉄道が残る稀有な県になっています。 

線路が狭いので車両も狭く、夏目漱石の「坊ちゃん」で、「マッチ箱のような汽車」という表現が出てきますが、軽便鉄道時代の伊予鉄道の話で、実感できるのが四日市あすなろう鉄道です。 

もともとは伊勢八王子まで走っていましたが、西日野駅ー伊勢八王子駅間が廃線となり、現在は西日野駅が終点になっています。ポリテクセンターは西日野駅から歩いて10分ほどの所にあります。最近まで近鉄でしたが旅客が減ったためバスに変更するという案に地元が反対し公有民営方式で残っています。日本最後の軽便鉄道を残すためにも、皆さんしっかり乗りましょう!