えべっさんにお参り

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    「えべっさん」です。 

    関西では1月9日、10日、11日が「えべっさん」で、商売繁盛のお参りをします。9日が宵戎、10日が十日戎、11日は残り福になります。 

    戎神社で有名なのが兵庫県西宮にある西宮戎。兵庫県には他に尼崎えびす神社があります。大阪では今宮戎、堀川戎。京都には京都ゑびすがあります 

    今日は残り福なので家から歩いて5分の所にある額田戎へ行ってきました。工場地、住宅地の混在地域なんですが、この3日間は「商売繁盛で笹持ってこい!」の音が町中に鳴り響きます。またスピーカーを乗せたバンが「商売繁盛で笹持ってこい!」と流しながら、町内を練り歩きます。 

    額田戎神社は江戸時代に西宮のヱビス神を勧請してできた神社です。まずはお参りして商売繁盛をお願いします。次に社殿の裏側へまわって、再度お願いします。額田戎の場合は社殿の裏に木の板がありますので、たたいて商売繁盛をお願いします。えべっさんは耳が悪いためなんですが、今宮戎の場合はドラになっています。 

    お参りが終わったらお神酒をいただいて、甘酒を飲んで、縁起物を買います。笹は場所をとるので毎年、熊手を買っています。これで金運をかき集めなきゃあ(笑) 

    戎神社ですが、この3日間以外はいつも閑散としていて、商売繁盛をお願いしていて大丈夫かいないといつも思っています。(笑) 

春日大社 初詣

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    1日は自宅近くの枚岡神社へ初詣へ。 

    2日、3日は興福寺のすぐ近くにある飛鳥荘という旅館に宿泊。奥さんの親戚関係が集まって毎年、泊まっています。朝6時になると興福寺の鐘の音が聞こえ、起床。朝風呂に入っていました。至福の時ですなあ。 

    春日大社に初詣に行ってきました。枚岡神社を勧請してできた神社なのに本家以上に賑わっています。社殿に入る参詣道では毎年、入場制限が行われています。制限といっても、ちょっと待ったら入れますので伊勢神宮ほどひどくはありません。 

    帰省している息子が25歳の厄年で、厄落としをするとか言い出すので、春日神社の祈祷所に行ってきました。正月のせいか、たくさんの人が祈祷していました。神主が唱えている内容を聞いていると厄落としやら商売繁盛などのほかに大阪大学合格祈願という切実なもののありました。 

    神楽などがついて大体30分ほど。1回あたり20名ほどで、小祓いが5000円、大祓いは10000円でした。20名で5000円としても1回あたり10万円。入れ替えなどがありますから45分かかるとすると1日あたり10回ほど可能ですから、ざっと100万円。人件費は神官3名&巫女2名分です。祈祷所さえできてしまえば、お守り代と人権費だけですみますので、なかなかいいビジネスモデルですね。 

年越大祓 よいお年を

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    近くにある石切神社へ行ってきました。 

    切るという名前からデンボ(できもの)の神様で有名ですが、正式名称は石切劔箭神社で、祭神は饒速日命(ニギハヤヒノミコト)。物部の神様です。古代からある神社で、歴史はメチャクチャ古いですね。 

    9月末に夏越の祓という上半期の罪や穢れを祓い清めるために茅の輪をくぐる行事が各地でありますが、年越大祓は夏越の大祓から年末までの罪や穢れを祓い除ける神事です。夏越の祓と同様に茅の輪を3回くぐります。先導は笛を吹く神官で、後ろにホウキをもった神官と巫女さんが続きます。その後を一般参拝者が続いて茅の輪くぐりをします。 

    これで今年の罪や穢れを祓い清めましたので、清々しく新年を迎えられます。 
    皆さん、よいお年を!

ラバーダック

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    大阪に時たま現れるラバーダック。 

    オランダの芸術家が作ったアヒルのでかいおもちゃです。高さは10メートルほどあります。時たま大阪のいろいろなイベントに登場しています。先日、堂島近くを歩いていたら、アヒルがいました。(笑) 

    場所は田蓑橋と玉江橋の間で「中之島ウエスト冬ものがたり2013 水と光のフェスティバルタウン」という長たらしい名前のイベントの一環。25日(水)まで展示されています。対岸に見えるのはダイビル本館や関西電力本社の明かりです。 

    二等身のずんぐりむっくり体型がいいですねえ。大阪日日新聞を見ていると住之江にある会社が所有しているそうで、それで大阪の川にちょくちょく登場するんですね。

永遠のゼロ 百田尚樹

fuguhisa201312.jpg「おやぢの会」なる秘密結社があり、私は親父じゃないんですが時たま呼ばれて会合に参加しています。今日の会合は鶴橋。鶴橋と言えば焼肉というイメージですが、知る人ぞ知る「ふぐ久」があります。てっちりやフグ鍋をいただいてきました。 

おやぢの会は昭和30年代生まれが多いので、どうしても古い話に。同志社大学出身者もいるので「八重の桜」の話から田辺キャンパス移転時のバリスト(バリケード・ストライキ)からテレビの話に。メンバーの一人がABC放送に「ラブアタック」の企画を売り込んで放映されるようになったという話から百田尚樹の話に。 

※ラブアタックというのは大阪のABC放送が放映していたゲーム形式の恋愛バラエティ番組。毎回、かぐや姫を巡って各大学の学生がアタックします。一度、下宿の先輩が出るということでスタジオまで応援にいきました。横山ノック、上岡龍太郎、和田アキ子が司会をしていました。 

百田尚樹と言えば、「永遠のゼロ」の作者。放送作家から転身したと言う話は知っていましたが、きっかけはラブアタック。そういえば学生服姿でよく「みじめアタッカー」で登場していた同志社の学生の名前が百田尚樹。よく見ていました。同志社大学のキャンパスも同じ学生服姿で歩いていたそうです。 

ええ~!永遠のゼロの百田尚樹って、あの「みじめアタッカー」の百田尚樹と同一人物なの!知らなかったあ! 

ビルの中を高速道路が通る

umeda201312220.jpg経営革新等認定支援機関向け研修が西梅田であり参加してきました。会場はTKP大阪梅田ビジネスセンターで、高速道路がビルの真ん中を通ることで有名です。まあ、こんなビルは日本広しと言えども、ここだけですね。 

研修は経営改善計画のモニタリングで、計画通りにうまくいっているケース、少し下振れしているケース、大幅に下振れしているケースの3ケースについて皆で議論しました。基礎編の研修に参加した時はほとんど税理士さんでしたが、今日は金融機関、支援機関、社労士、経営コンサルタントなどと、けっこうバリエーションに富んでいました。 

研修が終わってから堺筋本町のマイドーム大阪へ移動して大阪中小企業診断士会の交流会。一杯やりながら商品開発グループについて話し合い。終わってから地酒がおいしい越冬というお店で飲んで帰ってきました。よく飲んで、よく食べました。 

100m道路は信号1回で渡れない

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    100m道路は名前の通り、道路の幅が100m以上あります。100m道路は全国に3本あり、2本が名古屋にあります。1本は若宮大通でもう1本が久屋大通。久屋大通は名古屋の繁華街・栄にある通りで、真ん中が公園になっていてテレビ塔が建っています。名古屋市新事業支援センターが入っている吹上ホールの前に若宮大通が走っていますが片側5車線あり、その上、真ん中には4車線の高速道路が走っていて、つまり5×2+4=14で14車線もある道路になります。トヨタのお膝元の自動車王国なんで、車がビュンビュン走っています。 

    大阪の御堂筋は1発の信号で渡れますが100m道路を歩いて横断しようと思えば信号1つで渡りきれません。自転車でなんとか渡りきれるという状況で、なかには信号が変わると同時にダッシュする人がいますが、全力で100m走をしているのと同じです。そんな元気はさすがにないですね。郵便局が若宮大通の反対側にあり、郵便局に用事がある時はゆったり渡っていますが、目と鼻の先なのに時間がかかります。 

    お店の商圏分析する場合、道、川、線路があると商圏が切れ、2車線の道路で約10%の集客ダウンがあると言われていますが、14車線となると70%ダウンですかね。道路の向こう側のお客さんは、ほぼ見込めません。写真でマンションのあたりが向こう側の歩道橋になります。

今出川は川だった

takase201311.jpgNHK大河ドラマ「八重の桜」の舞台と言えば同志社大学。烏丸通と今出川通が交差する烏丸今出川にあります。旧薩摩藩邸の跡地です、隣には藤原道長から連綿と続く冷泉家、今出川通りの向かい側には京都御所があります。 

先日、本能寺(本能寺の変の後、豊臣秀吉の命令で寺町御池へ移転)で展示を見ていたところ、室町時代の頃の京都地図があり、相国寺あたりに今出川が通っていました。現在の今出川通りは東西の通りですが、当時は文字通り今出川で北から南に流れる川。 

相国寺(同支社大学の北側)と室町殿(室町幕府のあったところ)ですので現在の烏丸通りあたりを今出川が流れていました。これが同志社大学のキャンパスの北あたりから東へ流れる川とそのまま現在の今出川通りあたりまで流れて東に曲がる川の二手に分かれます。 

現在の寺町通りで2つの流れがまた1本になり、寺町通りを南下し、最終的には鴨川に流れ込んでいます。2010年に今出川キャンパスの発掘調査で室町時代の水路跡が見つかったそうで、これが今出川ではないかと言われています。 

今出川と言うと「通り」のイメージしかなかったのですが川だったんですね。写真は木屋町を流れる高瀬川。江戸時代初期に角倉了以・素庵父子が作った運河です。 

平河天満宮(麹町)

hirakawa201311.jpg大学を出て最初に入社したITベンダーの本社が麹町にあったので、出張や研修で本社へ行った時、近くにあった平河天満宮によくお参りしていました。 

「日本史の謎は地形で解ける」を読んでいたら、この平河天満宮の記述がありました。もともとは江戸城を造った太田道灌が、菅原道真の夢を見て、城内に天満宮を建立したのが発端。徳川家康が太田道灌の江戸城を造り直し、本丸を拡げた時に現在の場所へ移されました。このあたりの地名は神社からとって平河町と名付けられています。 

天満宮なんで祭っているのは菅原道真なんですが、なんと徳川家康も祭られています。麹町から少し行くと半蔵門があり、江戸城でなにかあった時に甲州街道へ逃げる裏道という説が中心でしたが、家康は半蔵門を江戸城の正門にしていたのではということを解きあかしている内容です。そうなると平河天満宮は江戸城を守るための守り神だったようです。 

半蔵門から四谷にかけ新宿通りは尾根道になっていて、確かに番町や麹町など新宿通りから坂を下がっています。難攻不落の石山本願寺、その後の大坂城は谷町台地の一番奥に造られましたが江戸城も同じだったんですねえ。 

そうだ京都へ行こう

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    10年ほど京都の専門学校で情報処理の教員をしていたのですが、今日はその当時の教え子の結婚式。お招きいただきありがとうございます。 

    結婚式は河原町御池にある京都ホテルオークラ。江戸時代は長州藩邸があったところでホテル前には桂小五郎の銅像が建っています。会場へ着いたら当時の同級生らも参加しており、皆さん、いい大人になっていますね。既に結婚していて子供がいるのがほとんどでした。 

    結婚式では、花嫁が両親宛てに感謝の言葉を伝えるシーンがありますが、その同級生らが、ジーンときますなと言っています。聞けば、娘がいるので、「結婚式であんなことを言われた絶対に泣くな」とか言っておりまして、娘さんの年齢を聞いたら3歳とか6歳、20年も先の話を今から心配して、どうするんだか(笑) 

    紅葉シーズンなので京都への電車はラッシュ並みによく混んでいました。近鉄は大久保駅から京都駅、京阪は丹波橋駅から四条駅だと、普通電車に乗っても後続に抜かれることがなく時間もあまりかかりませんので、ラッシュ並みの電車はパスして普通電車に乗っていました。