担当編集者交代

AllAbout企業のIT活用
AllAbout企業のIT活用

AllAboutで「企業のIT活用」ガイドをやっています。2002年3月にスタートしたサイトなので、かれこれ19年ほどやっていますねえ。と、しみじみ。

最近は月1回ほどのペースで記事を書いております。担当編集者がいるのですが今日、異動で担当が替わりますと案内が届きました。AllAboutでは年1回ガイドが集まるRedBallというイベントがあり、RedBall前日には恵比須にあるAllAbout本社に寄って編集者ともお会いしています。

ところがRedBallがコロナ禍のために2年続けてオンラインに。結局、担当者の顔も見ない間に交代となりました。でも19年もやっている間に一体、何人の編集者が替わったのかなあ。

「BASE」とは?

元スマップの香取慎吾さんがやっているBASEのCMをよく目にします。コロナ禍でネットショップにシフトするお店も多く、2021年3月時点でショップ数は140万を超えています。最大の特徴は、BASE出店に初期費用や月額料金がかからず、売れた時に課金されるという点にあります。若干、ややこしい計算なんですが商品代+送料の10%ぐらいが手数料と思っておけば、間違いありません。

好調なBASEに対抗してSTORESもさかんに宣伝しており、こちらはアンジャッシュの児嶋さんがCMをやっています。BASEとSTORESの違いやBASEに出るだけでは売れない話を記事にまとめています。

→ 「BASE」とは?使い方や料金、決済方法、ネットショップ開設におすすめな理由を紹介。「STORES」との違いは?

石切神社 上之社

散歩がてら石切神社へ。デンボの神様やお百度参りで有名なのが下之宮ですが、今回は山の上にある上之宮へ行ってきました。いい運動になります。

石切神社 上之社
石切神社 上之社

もともと石切神社は生駒山山頂近くの宮山に饒速日尊(にぎはやひのみこと)、つまり物部氏の祖先神と可美真手命(うましまじのみこと、饒速日尊の子供)を祀っていました。ですが宮山に登るのは登山になりますので気楽に参拝に行けません。というわけで崇神天皇の時代に可美真手命を下之社(今の石切神社)に移します。

なんで饒速日尊も一緒に移さなかったんですかねえ。これで宮山の饒速日尊と下之社の可美真手命の二座体制となります。さすがに宮山まで登るのがしんどくなったのか慶安三年(1650)、由比正雪の乱の頃ですなあ。この年に饒速日尊が宮山から光堂山(今の上之社)に移されます。高さは低くなりましたが山の上という点は変わりません。

明治40年には下之社に合祀されます。これで現在の石切神社になります。上之社は石碑だけでしたが再興されました。上之社からは大阪平野が一望できます。可美真手命ですが石見国一之宮である物部神社の祭神でもあり、一説にはヤマトの命令で出雲を平定した神様でもあります

お酒と原稿生産性

お酒を飲みながら原稿を書くと、とっても生産性が上がります。

と思っていたら

題名に惹かれて読んだ「小説家になって億を稼ごう」(松岡圭祐、新潮新書)に、アルコールが入っているからこそ傑作が書けるというのは大いなる間違い。細部の情報を省略しているため楽に作業が行えるように錯覚しているだけと一刀両断でした(笑)

この本で面白かったのが読書家はごく一部で、日本人が40人いても39人はお客ではないそうです。読書は生来の素質に大きく左右され、能動的に文章を読んで、受動的に内容を解釈し楽しみや喜びにつながる層とは一握りになるそうです。そのため日本最大のベストセラー文芸は600万部程度になりますへ~え、そんなもんなんですか。

ものづくり補助金

同じく経済産業省の行政事業レビュで「ものづくり補助金」が主眼になっています。

→ 令和3年度行政事業レビュ公開プロセス

1時間30分頃からはじまります

■ものづくり補助金

・採択率は製造業が45.6%、全業種平均は30~40%程度

・審査は県単位で県によって採択率にばらつきがある

・奈良県の採択率が高く-庁内でも話題になっている

【要因】

・経営革新など加点をとっている県が多い

・審査のばらつきが多い少ないがあり、多いと採択率が高くなる

・県ごとに採択率を同じにしていたが事業計画自体で評価すべきとの批判から今の方針になった

・県で審査した後、平均点差分で補正をしている

・レセプト審査が県単位だが、時に県データを丸々取り換えて審査にかたよりがないかみており、導入してみては

【リピータの扱い】

一度、採択された事業者の応募はマイナス点がつくが、2回目に出してくる書類が一番こなれていて減点しても上位で採択されやすく事務局でも悩んでいる。補助金は1企業1回だけばよいのではという意見が出ていました。

事業再構築補助金

5月31日(月)に経済産業省で行われた行政事業レビュで事業再構築補助金についても討議が行われ、その模様が公開されています。

令和3年度行政事業レビュ公開プロセス 14分頃から「事業再構築補助金」が始まります。

【行政事業レビュとは】

国の約5,000のすべての事業についてPDCAサイクルが機能するよう、各府省が点検・見直しを行うもので、いわば「行政事業の総点検」です。

基本は

・事業が成功する計画書を社長が汗を書きながら認定支援機関と二人三脚で作成しなさいです。

【補助金の目的】

・サンプル調査を行ったところ様々な業種の50%程度が売上減となっており、その企業を対象にしている。

・新規売上は10%以上の要件となっているが売上額ではなく会社をスリムにした後の売上に対してでOK。利益率や効率性を重視している。一人当たりの付加価値額の向上でよい。

・卒業枠ー去年秋のレビューもあり反映。卒業しなければ返還、資本金操作しても返還、卒業枠で落ちても一般枠で審査されるので採択率はあがる

・5回の公募を考えており最後は年明けに公募終了

・1事業ワンチャンス(1回目落ちても再度、応募してもよい)

・67,000社採択予定ー目標ではない 中身次第・特別枠の方が加点があり採択率が高くなる

【認定支援機関】

・申請前に経営戦略を認定支援機関ともに作ること-経営者が筆をとる

・最低限の財務指標を出す(ローカルベンチマークの6指標)

【審査ポイント】

・1次締切では想定した規模の出願があり、順調に5回の公募ができる

・審査は3名以上の中小企業診断士が行い審査の質を担保している

・再構築になっているか、方向性の是非はともかく事業化できるかどうか、夢物語になっていないこと

・新分野展開、業態天下など、どの類型でも優劣はない

★1次の応募書類を見たが顧客規模の想定根拠があまい。なぜその顧客が獲得できるのかストーリーがない。反対にいうと認定支援機関というプロがついてもマーケティングに関する基礎資料をとることができないことが分かった

【今後】

・次の感染症対策などBCPの観点をいれてもらうと加点したい

合成の誤謬

焼肉屋が周りにラーメン屋が少ないのでラーメン屋に業態変換 地域の焼肉屋が皆がやれば競争になる飲食店が共同でデリバリーをするようなことをすれば加点にしていく、本音は面的支援をしたいくサプライチェーンの中心になるような企業に支援したい

・中小企業庁の申請は全てJグランツに集約していく

大規模修繕工事

住んでいるマンションが大規模修繕工事に入っていて外壁に足場を組んでいる最中です。

足場
足場

ちょうど大学のオンライン講座をしている時に、足場を固定するためにドリルで外壁に穴を開ける作業に入ってしまいました。ヘッドフォンはしていますが、マイクはしっかり工事音を拾うので、これはまずい。

廊下に出て足場を組んでいる兄ちゃんに「講義が終わるまでドリルはちょっとやめて」ってお願い。他の作業を先にしますと善処してもらいました。ありがとうございます。コロナ禍の工事なんでマンションでテレワークしている人などもいて、工場業者もやりにくいでしょうね。

養老鉄道

桑名駅・養老鉄道ホームも変わっていました。近鉄ホーム下りホーム横にあるのは同じなんですが場所は名古屋寄りに移動していました。写真は以前の養老鉄道線で今は上左に移動しています。そのうちに線路は撤去されそうです。右にあるのがJR線です。

養老鉄道
養老鉄道

養老鉄道は桑名駅と岐阜県の揖斐駅(大垣経由)をつなぐローカル線で、揖斐川沿いの沿線をのんびり走ります。関ケ原の戦いで島津の退き口で通った道沿いになります。大垣に行くには距離が一番短いのですが、時間的には名古屋経由で大回りする方が早くなります。沿線には養老の滝があり、居酒屋の養老乃瀧はここから命名しています。

近鉄とJRの共用駅

先日、久しぶりに桑名商工会議所へ行くと最寄駅の桑名駅が大変身。

桑名駅
桑名駅

すぐに駅の階段を上がろうと先頭車両に乗っていたのに、階段の位置が真ん中あたりに変わっていました。駅はとってもお洒落になっていて東西に自由に渡れる通路が作られ、JRと近鉄はそれぞれ分離されました。

三重県には珍しい近鉄とJRの共用駅があり、これが津駅、松阪駅、伊勢市駅になります。JRと近鉄で改札を共用している独特のシステムで他にはあまりありません。桑名駅もずっと共用駅だったのですが、これでなくなりました。

駅前の桑栄メイトが閉鎖となり桑名商工会議所へ行くには一度、下に降りて階段を登り直さないといけなくなり、不便になりました。

2月30日が存在する?

出雲国風土記
出雲国風土記

2月30日って、あると思いますか?

太陽暦として世界各国で用いられているのがグレゴリオ暦ですが、うるう年の時だけ2月29日があります。ところが太陰太陽暦では2月30日が存在しました。

全国で60ほど作られたという風土記ですが、ほぼ完本として残っているのは出雲国風土記です。誰がいつ作ったかも書かれていて書いたのは秋鹿郡の人である神宅臣金太理という人物。

書かれたのが天平5年(733年)2月30日です。実はこの日付が問題となって偽書説まで出ましたが、正倉院から2月30日付の文章が発見され、奈良時代に2月30日があることが分かりました。