雪の伊賀へ

 
iga20110215.jpg大阪から近鉄で伊賀神戸駅へ

西大寺、八木経由で行きましたが奈良は雪一面でなかなか幻想的。途中の榛原はまるで雪国のようでした。昨日は止まっていた伊賀鉄道は動いていました。昨日は雪の影響で停電となり、しばらく不通になったようです。駅に張り紙がしてありました。

雪の原野の中を走る2両編成の伊賀鉄道はなかなかオツですね。伊賀の街に着くと、晴れていたので屋根の雪からポタポタ雫が落ちていましたが、盆地のせいか、けっこう雪が残っています。城下町ですので、なんだか雪の飛騨高山を歩いているような印象でした。

大阪へ戻ってきましたが奈良や大阪はすっかり雪は消えていました。

大雪

tsu201102.jpg津は朝、晴れていたのですが、だんだん曇ってきて14時くらいから雪に。見る見るうちに積もり始め積雪が5cmほどに。

東大阪へ戻るため津駅から近鉄電車に乗ると、大雪の影響で電車は遅延。名古屋線、大阪線、京都線とも特急などが連絡しているので遅れが全路線に伝播。

それにしても青山高原から榛原あたりは、雪国のような様相でした。伊賀神戸駅には伊賀鉄道の電車が止まっていましたが、中は真っ暗で学生が20名ほど乗っていました。駅のアナウンスで「伊賀鉄道は大雪で止まっています」と流れていたので再開を待っているのでしょう。

大和八木あたりまで戻ってくると雪も少なくなり、大阪も降ったのですが積雪はなくなっていました。結局、30分ほど遅れて到着。

忍者の里 伊賀へ

kayamati201101.jpg朝から近鉄で伊賀へ

伊賀神戸で2両編成の伊賀鉄道に乗り換えて上野へ向かいます。上野市駅の一つ手前の広小路駅で降りると昔の大和街道がそのまま商店街になっています。。伊賀は盆地なので京都と同じで底冷えしますね。さすがに雪はありませんでした。

大和街道は奈良から伊賀を経由して伊勢に通じる道で途中で分岐して江戸へ向かう道でもありました。この街道筋にあった鍵屋の辻で江戸へ向かう河合又五郎を仇討したのが渡辺数馬と荒木又右衛門。曾我兄弟、赤穂浪士の討ち入りに並ぶ日本三大仇討ちの一つです。今は資料館や碑が残っています。

用事をすませて、茅町から伊賀鉄道で帰ってきました。伊賀神戸、上野市は終着駅なので駅員がいますが、他に唯一駅員がいるのが茅町駅。伊賀鉄道はワンマンカーなので、無人駅は先頭のドアだけ、ここだけは全ての車両のドアがあきます。

西梅田~四ツ橋

osaka20110127.jpg午前中、西梅田での用事が終わり、時間があったので健康のため難波まで歩くことに。

西梅田を出て桜橋から堂島へ。30年ほど前、新人で入ったSRA(ソフトウェアハウス)が堂島グランドビルにあったので、この界隈はよく歩いていました。堂島はけっこう変わっていましたが堂島グランドビルは健在。1階にあった第一勧銀はみずほ銀行になっていました。時々昼飯を食べに行った地下のちゃんこ料理屋さんもそのままありました。

道の反対側にサントリー本社があり、その奥の古河ビルに分室があったのですが、古河ビルも健在。橋を渡ると朝日新聞ビル。隣が住友中之島ビル。昔、大阪府立文化情報センターが中に入っていて安かったので知的生産の技術研究会・関西のセミナーでよく使っていました。まだまだビルは残っているんですね。1階がキャノンで当時はめちゃくちゃ高かったマックプラスなどをよく見に行っていました。

中之島から本町方面に歩くとIBMが見えてきます。ここへもテストなどでよく来ていたし、マシン室に泊りこんだこともあります。本町からさらに行くと四ツ橋。今は埋めたてられましたが、長堀川と西横堀川が東西南北に流れていて「ロ」の字型に四つの橋がかかっていました。今は交差点になってしまいましたが、小さな橋の模型が置かれています。

大河ドラマ 江姫ふるさと周遊バス

gou201101.jpg津の四天王寺前を通ったら三重交通の「江姫ふるさと周遊バス」が止まっていました。大河ドラマ「江 姫たちの戦国」ゆかりの土地を回るコースです。コースは伊勢上野城跡、 高田本山専修寺、 津城跡、四天王寺を巡ります。

先週の放送で、早々と小谷城が堕ちましたが、あの後、お市と三姉妹が移り住んだのが三重の津にある伊勢上野城。(伊賀上野城ではありません)織田信長の弟である織田信包が城主でした。

四天王寺には織田信長の母親である土田御前の墓がありますので、母親も一緒だったようです。土田御前は信長の弟である信行を溺愛し、これが元で信長は信行と戦って殺してしまいますので、信長とは当然そりがあわなかったでしょう。織田信包はどうも信長やお市と同母で、信長が預けるには最適な人物でした。

やがて織田信包と三姉妹らは伊勢上野城から津城へ移ります。津城には5層の天守閣が作られました。鈴鹿にあった伊勢神戸城の神戸信孝(信長の三男)も5層の天守閣を作り、田丸城(玉城町)に入った織田信雄(信長の二男)も天守閣を作りましたので三重にあった要の城はなかなか壮大な眺めだったようです。

商売繁盛で笹持ってこい

nukata201101.jpg家から歩いてすぐのところにある額田戎神社へ行ってきました。神社に近づくと大音量で「商売繁盛で笹もってこい。商売繁盛で笹もってこい。ほえ籠ほいっ!]とお囃子が流れています。この3日間はずっと鳴り響いています。

去年の縁起物を神社の入口で渡して、まずは参拝。次に裏へまわって木をたたいて、さらにお願い。戎さんは耳が悪い神さんなので、念には念をいれてお願いするためです。今宮戎は裏はドラになっていてドラをバンバンたたきます。

今年の縁起物を買って帰ってきました。いつもは閑散としている神社ですが、この3日間は人で賑わっています。十日戎は関西を中心とした行事で、一説によれば10日、20日、30日に市が行われ、新年最初の市である1月10日が十日戎として発展したそうです。

朝6時に響く興福寺の鐘

201101nara.jpg明けましておめでとうございます。

元旦は津の実家に帰省。私はほぼ毎週津へ行っているので新鮮味は全然なしです。

2~3日は奥さんの実家である奈良へ帰省していました。最近は宿泊パターンが多く、今回は興福寺の猿沢池近くの飛鳥荘という宿に宿泊。近くの宿には伏見工業高校一行様とあり、春日神社近くの宿にも高校ラグビー部が宿泊していました。奈良へ泊って花園ラグビー場へ向かうんですね。県は違いますが近鉄電車で一本ですし、奈良公園などで運動もできるので最適なんですかねえ。

今朝は6時に奈良の町にゴーンと響く興福寺の鐘の音で起きました。そのまま露天風呂へ、風呂から上空を眺めると北斗七星が見え、目の前の暗闇の中、五重塔がボーと浮かんでいました。なかなか贅沢な朝。

朝日屋渋滞

sukiyaki201012.jpg津市の国道23号線沿いに朝日屋という松阪肉などを販売するお店があります。秘密のケンミンショーで紹介されていましたが、津では正月におせちと一緒にすき焼きを食べるのが常識。世帯当たりの年間牛肉購入額も全国有数です。

津で松阪肉を購入するお店として、よく名前があがるのが朝日屋か伊勢屋。特に朝日屋の正月前の混雑は有名で、国道23号線沿いには駐車場に入れない車の列で渋滞ができます。

今日も朝8時前だというのに20人ほどの列が出来ていました。9時開店なんですがに、開店前にどれぐらい並ぶんでしょうか。遊園地の人気アトラクションより長くなるのは確実で、正月前に朝日屋で松阪肉を買うのに2、3時間待つのは当たり前。世間では不況って言っていますが、あの行列を見ていると「ほんまかいなあ」と印象ですね。

鴻池新田会所へ

 
kounoike201012.jpg仕事で鴻池新田駅へ。昼休みに久しぶりに鴻池新田会所をのぞいてきました。鴻池新田駅からすぐです。

以前は春と秋の公開で無料でしたが、すっかり整備され入場料が300円になっていました。立派なパンフレットもあり、説明板も充実しています。

鴻池新田会所とは大和川の付け替えによってできた鴻池新田を監督した役所です。この付け替えによって砂がたまり、堺の港が駄目になってしまい戦国時代から続いた堺の栄光がついえてしまいました。

鴻池家が新田開発をしましたので、その拠点でもありました。蔵などが並びますが母屋の台所がすごい広さですね。大勢が働いていたのでしょう。会所の周りの堀も残っています。本屋や米蔵などは重要文化財になっています。

鴻池家の先祖は戦国時代の武将・山中鹿之助で、明治になってからは堂島両替所となり、三和銀行から現在の三菱東京UFJ銀行になっています。

東西狂言会

昨日の夕方、あきないえーど(大阪産業創造館)で経営相談を担当していたのですが、話がはずんで1時間の予定が大幅に時間オーバー。あわてて電車に飛び乗って河内永和駅へ。18時からの東西狂言会にギリギリで会場入り。

kyougen201011.jpg東西の狂言師が集まっての贅沢な会。主催は大阪樟蔭女子大学で22回目です。見たのは初めてですが人間国宝が2人も出るというめちゃくちゃ豪華な顔ぶれですが、しかも無料での開催(整理券が必要)。

大阪樟蔭女子大学・客員教授が木村要氏(狂言師)で、まず解説なんですが、これが言いたい放題。「本当は20分解説する予定だったが人間国宝の野村萬氏が東京へ帰らないといけないので5分にせよと言われた。」などと舞台裏を暴露。(笑)西の狂言前にきっちり15分間解説していました。

【東】
呂蓮(ろれん) 野村萬、野村万蔵、小笠原匡
宿のない法師を泊めていろいろと話を聞いているうちに亭主が感激して弟子入りし頭を丸めてしまいます。怒ったのが奥さんでドタバタになります。

【西】
栗焼(くりやき) 茂山千作、茂山千三郎
人間国宝・茂山千作氏はさすがに足は動きませんが、声はよく通ります。終始、座っての狂言で座(the)狂言と銘打っていました。焼き栗を作れと主人に言われた太郎冠者が、誘惑にまけず全部食べてしまいます。主人への言い訳が見どころ。それにしてもお元気ですねえ!

鈍太郎(どんたろう) 茂山千之丞、茂山正邦、茂山童司
久々に京都へ戻ってきた鈍太郎と本妻、愛人とのドタバタでめちゃくちゃ面白かったですね。

なかなか贅沢な狂言でした。